【颯大の話】

君が生まれるまで、「あかね」は、ずっと幼稚園を休んだ。「ちはる」は蚊に刺されてカットバンだらけになった。お父さんは、マスオさんになった。で も、本当は、産みの苦しみを味わったお母さんが一番大変だったんだ。君は、そんなことを少しも知らずに、お母さんのふところの中で、生まれてすぐ、気持ち よさそうにオシッコをしてたね。でも、それで良いんだ。

みんながいる、それだけで安心できる、お互いに遠慮せずにやりたいことが出来る、言いたいことが言える、それが家族。この何物にも代えられない家族の大切さを、小さな君が教えてくれたような気がする。

今年の夏は、本当に暑かった。お腹の中にもう１人入っていたお母さんはもっと暑かった。そこで、今度の子供は涼しい名前にしたいという希望で、風を 入れることにした。辞書を調べると颯爽（さっそう）の颯という字には「はやて」という意味があり、古い読み方はソウとある。木陰でさっと吹く風、これは涼 しそうだ。これを入れて颯大にした。颯太でなく颯大にしたのは、逆から読むと大風が立つと読める。良寛さんの「天上大風」の凧のように、素直に元気に育っ て欲しい。

（参考　良寛さまのお話、良寛さま関連リンク、良寛さん 現代教養文庫、良寛和尚逸話選　禅文化研究所、わたしの良寛　榊莫山、人間良寛　渡邊三省、風の良寛　中野孝次、良寛 心の歌　中野孝次、良寛を歩く　水上勉、良寛と荘子）

ある日のことです。良寛さまは、今の新潟、燕（つばめ）の仲町というところに来ていました。

見れば、子供たちが凧あげをしているようです。子供好きの良寛さまのことですから、托鉢（たくはつ）のことなどすっかり忘れてしまい、凧あげの様子に見入っていました。

ところが、風が弱いせいでしょう、子供たちのたこはなかなか空高くあがりません。

「あがらないなあ。どうしてかな。」 ひとりの子供がそう言いました。
「風も悪いけど、たこも悪いんだよ。」 別の子供が言いました。

すると、たこを持っていた子供が良寛さまのところにかけよって言いました。
「良寛さま、お願いです、何か書いてください。」

そう言って、文字も絵柄も何も描かれていない凧に、何かを書いてもらおうとお願いをしました。良寛さまは大人のためには字をあまり書かなかったということですが、子供たちやお世話になった人にはすすんで筆をとったそうです。

子供好きの良寛さまは、喜んで次のように書きました。

「天上大風」

するとどうでしょう。
子供たちの凧は、みるみる空高くあがっていったということです。

人間は小さな存在だが、心は大きな風に乗って空高く上がっていけるんだよ、という良寛さんの考えを象徴した逸話です。

【三条市鶴田・藤崎家所蔵】

Who has seen the wind?　　　　　　　　　　　
　　Neither I nor you ;　
誰が風を　見たでしょう？
　　僕もあなたも　見やしない

But when the leaves hang trembling,　　　
　　The wind is passing through.
けれど　木の葉を　ふるわせて
　　風は通り抜けてゆく　　　　　

Who has seen the wind ?　　　　　　　　 　　
　　Neither you nor I ;　
誰が風を　見たでしょう？
　　あなたも僕も　見やしない

But when the trees bow down their heads,
　　The wind is passing by.
けれど　木立ちが　頭を下げて
　　風は通り抜けてゆく
(Christine G.Rossetti 作　西条八十 訳)

風は思いのままに吹く。人はその音を聞き、気配を感じるが、それがどこから来て、どこへ行くかすらわからない。どこか、天上大風の逸話に似ていませんか。飄々と風のように生きた良寛さんの姿を彷彿とさせます。