しらみと遊ぶ

暖かい、小春の午後のひと時でした。
今日は、珍しく托鉢に出なかった良寛さんは、五合庵の縁側で、脚を伸ばして日向ぼっこをしていました。

ところが、ふと胸のあたりが痒くなったので、布子の襟元をはだけてみると、縫い目のところどころから、しらみが這い出しているのです。
それを見た良寛さんが言いました。

「おお、待て待て、日向ぼっこをさせてやるぞ」

良寛さんが、にこにこしながら、さっそく袂のなかから一枚の紙片を取り出してそのしらみを一匹ずつ丁寧に摘まんで、紙の上に置いてやりました。
すると、しらみたちがうれしそうに、その上を這いまわります。足の早いのもあれば、のろいのもあります。
あちらへ這って行くのもあれば、こちらへ這ってくるのもあります。

面白くなってきた良寛さんは、それを、また一匹ずつ摘まんで、こんどは1列に並べてやりました。
しらみに競走させてやるのです。

「みんな用意がよいか、そら走れ」

良寛さんが、大きな声で合図をすると、しらみたちが一斉に這い出しました。
喜んだ良寛さんは、手を叩いて応援をしてやります。
そして、何回もそれを繰り返させるのです。ところが、やがて日が翳ってきました。

「そら、もう帰るのじゃぞ、寒くなってくるからのう」

まるで子どもに言い聞かせるように言った良寛さんは、また、そのしらみを摘んで、全部もとのふところへ戻してやるのです。
けれども、こんなに楽しいひと時を過ごした良寛さんにとって、ただ一つ、物足りなく思うことがありました。
それは、しらみが少しも鳴いてくれないことです。

（可愛いいしらみよ、お前たちは、なぜ鳴かぬのじゃ。これでお前たちが鳴いてくれるなら、わしのふところは、まるで武蔵野の原のようなもので、ほんとに風流なのじゃがのう）
こんな独り言を言った良寛さんは、すぐに、一首の歌を詠みました。

　蚤しらみ　音に鳴く秋の　虫ならば　わがふところは　武蔵野の原

良寛さんは、こんな歌を口ずさみながら、胸のあたりを撫でまわして、しらみたちに訴えるのでした。
このような遊びのなかで、良寛さんは、しらみの顔が一匹ずつ、みんな異なっているのに驚かされました。

そのうえに、どのしらみも、へんに甘えたりしないで、自分の命をひたすらに生きようとする、その強い生命力に心を打たれました。
しらみと遊ぶうちに、良寛さんの心のなかに、しらみの生命に対する畏敬の念が、むらむらと湧き上ってきたのです。

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参考：良寛さん　植野明磧著　現代教養文庫