7月22日の朝刊に16日の15時に作家の中野考次さんがなくなっていたという記事が出ていた。東京 では気温が40度を超えるという記録的な猛暑の日だった。不意うちを食らわされたような突然の訃報だった。この暑さを乗り越えることが出来なかったのかと 思った。それにしても、密葬を済ませてからマスコミに知らせたというのは中野さんらしかった。静かに生を終わりたいという死に際まで自分の考えを貫き通し た。先日、本屋に行ったら彼の新しい文庫本が出ていたので、懐に入れて暇を見ては読んでいたところだった。夜は7時に寝て、朝4時に起きるという健康的な 生活を送っているという話は書いていたが、病気の話など少しもしていなかった。新聞で年齢を見て驚いた。80歳に手が届く年だった。

大学をやめてからは、残りの人生を内面の充実のために過ごした。結婚式やパーティー、講演会などもす べて断り、「清貧の思想」がベストセラーになったときもマスコミに出ることはなかった。何十年か前に横浜の洋光台に住みついたということ以外は、私生活を 明かすことがなかった。テレビも見ない、もちろん、パソコンもインターネットもやらない、ゆったりとした静かな時の流れの中で古典を読み返すという晩年を 送った。古典の中にある珠玉の言葉や生き方を再発見しそれを若者たちに紹介するということを生業としていた。兼行、良寛、セネカ、孔子、老子など、彼に何 冊も紹介してもらった記憶がある。

記事には、人生とは何かを問いつづけた作家という表現がされていた。彼との最初の出会いである講談社 現代新書の「自分らしく生きる」をもう一度読み返してみた。発行年を見ると1983年とあった。今から20年以上前の本だ。何度か引越しをしたが、この本 だけは本棚の良く見えるところに置いてあった。1981年に国学院大学を自主定年をした後の還暦の少し前に書いたものだ。全体の口調は、父親が息子に生き 方を説いていくというものだった。

本の中で彼がいつも言っていたことは、戦後の60年代のアメリカを模倣した大量消費文明に対する批判 だった。物の豊かさと心の豊かさは反比例するというのが持論だった。便利さを求め続けていたらきりがない。知足という言葉も彼から学んだ。自分の内面に向 かって深く掘れといつも言っていた。自分とは何か、自分が一番したいことは何か、自分はどんな人間でありたいかをしっかり見つめて、その自分に正直に生き るべきだと説いていた。これが、この本の題名になっている「自分らしく生きる」という主題だった。そんな生き方をしたのが兼行であり良寛でありセネカであ り、「光る鉋」に書かれている大工だったお父さんもその１人だった。彼も、そんな生き方をした。

「麦熟るる日に」、「苦い夏」、「季節の終り」の青春三部作も、愛犬との日々をつづった、「ハラスのいた日々」も読んでいない。丸善に中野さんの追悼の小さなコーナーがあったがそこにも置いてなかった。今度、古本屋でさがして読んでみようと思った。 もう、彼の新刊がでないのかと思うと急に寂しくなった。最後まで自分の生き方を貫き通した中野さんのご冥福をお祈りする。