雨の日の月曜日。誰もが憂鬱になる朝。このままずっと寝ていたいという誘惑と何年戦ってきたことだろう。その日もデジタル時計が無情に時を刻んでいた。気付いた時にはいつも起きる時間より10分ほど経っていた。急いで身支度を整えて牛乳をがぶ飲みしてバスに乗った。

金沢八景から新橋まで京浜急行で1時間。横浜で東海道線に乗り換えると、運が良ければ50分で到着する。これは、賭だった。運行経路の長い東海道線は10分くらいすぐに遅れるからだ。その日も、横浜で東海道線に乗り換えた。

幸運にも今日は、ダイヤの遅れはないようだ。混雑した電車の中で安心感と同時に下腹部に重い痛みを感 じた。やばい。今朝の牛乳が下腹部に悪さを始めたらしい。ここで電車を降りたら元の木阿弥だ。ちょうど、その車両にはトイレがついていた。冷や汗を額に浮 かべて必死の形相でトイレに向かった。川崎当たりでトイレが空きようやくトイレにたどり着き、どうやら事なきを得た。用を済ませて品川で出ると青ざめた顔 をした次の人が待っていた。

新橋には、定刻通り着いた。これで10分の遅れは完全に取り戻せた。ここで京浜急行の乗り継ぎが良ければ軌道修正が完成する。運良く、電車はすぐに来た。日本橋で地下鉄の東西線に乗り継いだ。ふ〜。ここでひと安心した。バッグを網棚に放り出して、しばしのくつろぎを得た。

うとうとして、気付くと木場を過ぎていた。いけない、次で降りなければならない。時計を見ると9時5分前だった。駅から会社まではゆっくり歩いて3分。これで定時に会社に着ける。東陽町の駅で降りようとすると、

バッグが網棚から離れない。

後ろ髪を引かれる思いとはこのことだろう。何が起こったんだ。網棚に目を移すとバッグのフックがひっかかっている。何でこんなにうまくひっかかったのだろう。

フックが金属の網の目に食い込んでうまくとれない。

それを外すのが一苦労だった。焦れば焦るほど指先は思うように動かない。電車のベルが鳴る。この異常事態に周りの人も反応して席を空けてくれた。しかし、この密室の事件を全く知らない駅員は無情にも定刻通り扉を閉め、電車は東陽町の駅を静かに滑り出した。

この時点で、全てが終わったと思った。

全身の力が抜けた。隣の南砂町の駅で絡まったフックがようやく取れたが、それは、もう、どうでも良 かった。完全な遅刻だ。この長い道のりであらゆる手を尽くして短縮した10分が最後の最後で微塵に砕かれた。今までの努力は何だったんだろう。そして、こ んな話を誰が信じるだろうか？

9時を少し過ぎた東陽町の駅で会社に電話した。上司との乾いた会話が場を白けさせた。

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