長野の大学に出張したときの話である。大学に貸し出す物を用意して、資料、会社案内も同封した。ほと んど完璧な準備だ。黄色の目立つ手下げ袋にいれて会社を出た。長野へは東京から新幹線が開通してから近くなった。1時間半程度で行ける。始めて乗る長野新 幹線は楽しみだ。資料を確認して手下げの中に戻した。おっと、もう日本橋だ。そのまま降りた。まだ少し時間があるので丸善あたりを冷やかそうと考えてい た。改札を出て、丸善の看板に向かって歩いていたが、何か手持ち無沙汰な感じがした。鞄はあるし、手下げもある？ん、て、手下げがない。冷たい汗がす〜と 頬を伝わるのを感じた。大変なことになった。今日、出張で使う大事なものがすべて入った手下げ袋を電車の中に置き忘れた。

とりあえず、駅員を探して荷物を忘れたと伝えた。駅員は階段の途中の忘れ物取り扱い所に案内してくれ た。係りの人は、手馴れた様子でてきぱきと、電車の行き先、車両、時間、落としものの外観などを確認していく。小さい電話番号が書いてあるメモを渡しなが ら30分くらいしたらここに確認の電話を入れてくださいと言った。長野行きの新幹線の時間が迫っていたので、そのまま東京駅まで向かった。ちょうど30分 を経過したあと、電話を入れた。見つからなかったという返事だった。がっかりした様子を察したのか、営団地下鉄の忘れ物は、上野の忘れ物センターに集まる ので明日電話してみてくれと言われた。

翌日、9時半を待って上野に電話してみた。中年の女性の人の声だった。電話の保留音が妙に長く感じ た。そのような荷物は届いていないという返事だった。東西線はＪＲと連結しているので、三鷹の忘れ物センターに届いているかもしれないということでそこの 電話番号を教えてもらった。しかし、三鷹にも届いていなかった。翌日もう一度上野に電話した。三鷹にも電話してみた。今度は違う人が出た。話をすると、東 葉勝田台にも届けられることがあるので電話してみたら、と言われた。半ば諦めていたのだが、最後の望みで電話を入れてみた。若い女性の声だった。手短に荷 物の特徴を話した。保留音のあとに、それらしい荷物があるという返事がきた。中身を確認する。封筒に会社の名前がある。封筒は5セット。間違いない。僕が 月曜日に準備したものだ。12日にとりに行くということを告げて電話をきった。見つかったことも嬉しかったが、それを届けてくれた人がいたことが嬉しかっ た。落とす神あれば拾う神あり、日本もまだ捨てたものじゃない。

今、東西線の中だ。もうすぐ東葉勝田台駅だ。僕の落とした荷物ははたしてどんな姿をしているだろう か。4日間、どんな経路でこんな遠くに来たのか。早く見たいものだ。18時35分、東葉勝田台駅、到着。電話で言われたとおり、一番前の階段を上ると目の 前に落としものセンターと書かれたドアがあった。駅員にその旨を話し、名乗ると中に通してくれた。机の上に、無造作に置いてあった。住所、氏名、電話番号 を書き認印を押すと、それはあっさり僕の手に戻った。周りが少しシワクチャになっていたが、中身はまったく落としたままの状態だった。長い旅を終えた紙袋 にご苦労さんと言いたかった。良かった。本当に良かった。

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